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2015年2月、池袋のスタジオにおいて、他のバンドのベーシストであったVo.ビート武田とサポートPCマニピュレーターである三菱哲郎が出会う。

同年四月、酔って遊んでいる中で、彼らは代表曲である『小嶋さん』を五分で作曲、斬新なトーキングブルースを、ビート武田は弾き語りでプレイし続け、各界で賞賛を受ける。

同年11月、ビート武田はそれまで在籍していたバンドを脱退、決まっていたカタカナのライブに、当時のメンバー等を加えて、ビート武田とそのバンドとして出演。以前組んでいたバンドで書き溜めていた秀作、小嶋さんという形で二度目のライブを行う。

このライブの前日に、みずすましの水上音楽堂でのライブにおいて初めて出会ったはせがわだいに、この様子を記録してもらう。

それ以降、第一回のライブにおいてサポートだったメンバーが本メンバーとなった形で、imo magic orchestra(Gt.)樋口(Ba.)が加入、さらにリーダー(Dr.)も加入し、四人体制での活動を始める。

​この過程で、ビート武田は『いい曲ではなく全体としていい音楽』を志向し始め、『WARP ZONE』『ARIZONA』等の驚くほど要素の少ないドラスティックな楽曲を制作する。

​ステージを暗くし、パーカッションのゴンゾを加えたこのステージはわずか三ヶ月での変化とは思えない程にサイケデリックに変貌する。

翌年4月、サポートとして三菱哲郎が加入。PCの操作にとどまらないそのプレイは、いい音楽としての非言語を、都市圏の民族音楽として覚醒させ、六人体制のペルシアンズをトライバル感の強いダンスミュージックに変貌させる。

「Good Vibration Very Good」における反復の美学と、発声することにより無意味が神の言語による祈りとしての力を手に入れる過程は、既存のインディーシーンに巨大な疑問符と、大いなる興奮を叩きつける。

​以後、ペルシアンズはフォークを軸にした叙情と、エネルギーを基にした民族音楽、サイケデリックとトーキングブルースを互いに交差させながら、絨毯のような音楽地図を広げる。

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